雨の日には雨の中を!風の日には風の中を!

2012年5月14日 月曜日

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 暖かい春の陽ざしを ポカポカと背中に受けて 
平らな道をのんびりと歩いてゆく
 そんな調子のいい時ばかりはないんだな

 あっちへぶつかり こっちへぶつかり
 やることなすこと みんな失敗の連続で
 どうにもこうにも 動きのとれぬことだってあるさ

 当(あて)にしていた 友達や仲間にまで ソッポをむかれてさ
 どっちをむいても 文字通り八方ふさがり 
四面楚歌ッてやつだな

 それでも 
 わたしは自分の道を自分の足で 歩いてゆこう

 自分で選んだ道だもの
 
 雨の日には雨の中を
 風の日には風の中を

 涙を流すときには 涙を流しながら
 恥をさらすときには 恥をさらしながら
 口惜しい時には 「こんちくしょう!!」と
 ひとり歯ぎしりを咬んでさ
 黙って自分の道を歩きつづけよう

 愚痴や弁解なんて
 いくら言ったッて
 何の役にもたたないもの

 そしてその時こそ 
目に見えないいのちの根が太く深く育つ時だから

 何をやっても思うようにならない時 
 上にのびられない時に
 根は育つんだから

 雨の日には雨の中を
 風の日には風の中を
 (相田みつを美術館のポストカードに書いてあった詩です。)

 人が生きてゆく中で、いろいろな出来事に遭遇します。
それらの全てを“有りのまま受け入れる。”
それが生きていく中で、一番必要なことなのでしょうか?

(小林 登)

静かな時

2012年5月9日 水曜日

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 宗教改革で有名なマルチン・ルターは、「私はあまりにも忙しいので、どうしても毎日3時間は、祈らなければならない。」と言っていたそうです。

 本当は、忙しい時ほど「祈る=静かな時」を持つことが必要になるのだと思います。

 静かな時を持ちますと、
 何が大切か
 何が重要なのか
 がよく分かるような気がします。

 “段取り八分、仕事二分”
この言葉は、事前準備の大切さを述べています。

 静かな時を持つことは、事前準備の第一歩だと思います。

 “忙しくて、静かな時を持てない”
 このような意見を聞くことがあります。
 しかし、これは真実ではないと思います。
真実は“静かな時を持つことを怠っているために忙しくなっている”のではないでしょうか。

 人生を終える時、誰しも思うことは、世の中の流れに流され、毎日を慌ただしく過ごしてしまったことに対する後悔ではないでしょうか。
 時間に追われ、仕事に追われ、毎日を過ごしています。
本当の意味で、自分の時間がそこにはなかったのではないでしょうか。
「こんなはずではなかった。」と多くの人が思うのではないでしょうか。

それを打破するためにも、毎日、静かな時を持つ、そんな習慣を身に付けたいと思います。

 時間を追いかける。
 仕事を追いかける。
 そのような生き方をしたいと思っています。

 時には、予想もできなかった「マサカ」と思うような出来事に遭遇し、静かな時を持てないこともあると思います。
 その時は、仕方がないと思います。
 
しかし、心が落ち着いた時、また、静かな時を持てる様心がけていきたいと思います。
 
ひとときの妥協はあっても、ひとつの信念は持ち続けたいと思います。

(小林 登)

何が幸福か?

2012年5月1日 火曜日

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 世界で一番幸福な国として、南アジアの秘境ブータンがあげられます。
 ブータンは、国民総幸福量なる考え方を採用しています。
 国民総幸福量は、幸福という一見非常に主観的な概念に聞こえますが、国民全体の幸福度を示す尺度で、つぎの4つをキーワードにしています。
①持続可能で公平な社会経済開発
 ②自然環境の保護
 ③有形・無形文化財の保護
 ④良い統治
 経済開発一辺倒になってしまい、自然環境が破壊されたり、ブータンの伝統文化が失われてしまっては何の意味もないというのがこの政策の精神です。経済成長自体が国家の目標でなく、目標は国民の幸せであるという点に特徴があります。

 人が幸せであるためには、一定の収入とか、一定の教育とか、一定の衛生・医療環境とか、そういうものがあった方がよいということは、誰でも知っています。
 客観的にみた場合、ブータンよりも日本の方が絶対に幸せなはずだと思います。
にもかかわらず、私たちは十分な幸福を感じることができず、ブータンの人たちはより多くの幸福を感じているようです。

 ここに、心の持ち方が入ってくるのだと思います。

 幸福とは何でしょうか?
 「満ち足りていること。不平不満がなく楽しいこと。」
 「精神的又は物質的に心の満たされる境遇にあることで、やや長期的な状態をいう。」
と、辞書等には定義されています。
 ようするに、心がどう思うかになってくると思います。

 プレジデント2012・4・14号で『年収別「幸せ実感」調査1,000人の本音』という特集を組んでいました。
 300万円代⇒4割がなぜか家庭円満
 500万円代⇒仕事か家庭か悩む
 800万円代⇒教育費がずしりと重い
 1000万円代⇒おもしろい仕事がしたい
 1500万円以上⇒2割が家族と会話なく、社会貢献願望
 と見出しには出ています。
 この調査によると、必ずしも収入や仕事に恵まれなくても、“家庭で承認を得れば幸せになれる”ということが分かると思います。

幸福論のアランは、「幸せだから笑っているのではなく、笑うから幸せなのだ。」といっています。
二―チィは、「自分自身の主人たれ」として、“どれほど良いことに見えても、○○のためにと行うことは、卑しく、貪欲なことだ。”といっています。
宮澤賢治は、「一番の幸いに至る」ために、“いろいろの悲しみもみんなおぼしめしです。”といっています。

 心の持ち方一つで、幸福感は得られるようです。
 でも、それができなくて、多くの人が悩んでいるのだと思います。

(小林 登)