「一体改革素案」決定

2012年1月10日 火曜日

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 政府与党は、1月6日の午前、首相官邸で会合を開き、現在5%の消費税率を2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げることなどを盛り込んだ“社会保障と税の一体改革の素案”を決定しました。
 今回決定されたのは、大綱ではなく、あくまでも素案です。  
素案とは、「原案となる前のおおもとの考え」を言います。  
このことは、ネジレ国会の現状を踏まえ、“ケースによっては野党の意見もこの一体改革の中に入れてもいいですよ”という野田首相の柔軟な姿勢を現わしていると思います。
 
 今の政治をみますと「何も決められない」という印象が強く、今年はそこからの脱却ができるのかどうか、国会においての一体改革の成否が、その行方を決めて行くことになります。
 
 『社会保障費の抑制策が不十分なことなど素案の問題点は少なくない(日本経済新聞・2012・1・7朝刊13版)。』という指摘もあります。
 そのとおりだと思います。
 “お金が足りないから、お金集めのため増税をする”では、国民は納得しません。
 国民の多くは「このままでは、日本という国はなくなってしまうかもしれない。」という強い危機感を持っていると思います。
 大多数の国民は「増税もやむなし」とも思っているはずです。
 しかし、「国はもっと努力して欲しい。基礎的財政収支68兆4000億円をもっと少なくして欲しい。税金を無駄に使って欲しくない。」とも思っています。

 『増税への理解を得るために、素案には公務員人件費の削減や独立行政法人改革などを進める方針も盛り込んだ。  
公務員人件費削減では自民、公明両党が対案をまとめている。  
首相は、これを丸のみするぐらいの妥協をして、早期に公務員人件費を削減する必要がある(日本経済新聞・2012・1・7朝刊13版)。』
   
確かに、一生懸命に働いて下さっている公務員の人には申し訳ありませんが、国家の一大事の時には給料を下げる。若しくは人員を減らすことも必要だと思います。  
国家を守っていくためには、そのくらいの痛みも必要です。
 また、国会議員の先生の数も多いように思います。
 日本には、47の都道府県があります。
 国会議員の定数は、衆議院480人・参議院242人となっています。
本当にそれだけの人数が必要なのでしょうか。
 「船頭多くして、船山を登る(あれこれと指示をする人が多いため、かえって物事の進行を妨げてしまうことの喩です)」という諺があります。
 多くの人の意見を取り入れることは必要ですが、とりまとめをする人(国民の代表)は、それほど多くなくてよいと思います。

 いずれにしましても、議論をして何も行わないのではなく、決めて実行して欲しいと思います。
 やってみて、不都合が生ずれば、そこは修正していけばよいと思います。
 やってみないことには、何事も始まりません。

 野田首相は、聞く耳を持った人のように思います。
 野党の意見も聞きながら、挙党一致で、この危機を乗り切っていただきたいと思います。
 政党の維持やプライドは、二の次で良いと思います。
 まず、最初に、国家・国民のことを考えていただきたいと思います。

 入るを量りて、出るを制して欲しいと思います。

(小林 登)

一隅を照らすもの

2012年1月5日 木曜日

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 私は高校時代、野球部に所属していました。
 高校3年生の時、夏の甲子園予選の県大会は1回戦で敗退しました。
 野球部として誇れる戦績はほとんどありません。

 この野球部の一員として、誇るものがあるとすれば、卒業後、毎年、忘年会を行っていることです。
 この忘年会は、卒業後、一度も休むことなくズーッと続いています。
 昨年暮れで42回目となりました。
 
 野球部へは入学時、約20人が入部しました。  
しかし、大学受験等のため多くの人が退部していきました。
 3年生になった時、同級生で残ったのは6人になっていました。
 その6人が中心となり、忘年会を行っています。

 昨年の暮れは、7人が集まりました。

 元応援団のAも、毎年参加してくれています。
 Aは義侠心が強く、正義感でいっぱいの人です。
    
昨年3月11日、東日本大震災が発生しました。
 東日本大震災は、多くの被害と犠牲者を出した未曾有の大災害です。  
今、国家を挙げて災害の復興を行っています。  
しかし、本当の意味での復興が、いつになるか、まだ、まだ、予想が付かない状況です。
   
Aは、この大災害を知り、翌日の3月12日、日本赤十字社にAとしてできる範囲での寄付をしました。
 その後、Aは毎週、寄付をし続けています。
 「災害を受けた地域が、少しでも早く復興するように祈りを込めて寄付をしている」とのことでした。
 Aは、お金とともに心(思いやり・願い)も寄付していたのです。
 これからもAは、毎週、毎週、寄付を続けていくことと思います。

 マスコミでは、東日本大震災に対しての有名人の寄付や多額の寄付を取り上げました。
 それはそれで、素晴らしいことだと思います。
 日本赤十字社には、3千億円の寄付が集まったと聞きました。
 これからみるとAの寄付金額は、微々たるものだと思います。  
Aのことをマスコミが取り上げることもないと思います。  
しかし、ひたむきに「自分のできる範囲で、できることを真心こめて行う」これも非常に大切なことであり、素晴らしいことです。

 「一隅を照らすもの、これ即ち国宝なり」という言葉があります。
 この言葉は、比叡山を開かれた最澄(伝教大師)が書いた山家学生式の中の言葉からきているようです。  
Aは、この“一隅を照らすもの”に当然に入るべき人だと思います。

 私の身近に、このような人がいることを知り、嬉しく、また、誇らしくなりました。

 きっと、日本にはAのように、ひたむきに自分の出来ることを黙々と行っている人が多くいるのだろうと思います。

 がんばれニッポン!
 いや、
 がんばれるニッポン!   
このような人達が多くいるからこそ、“日本は頑張れる”のだと思います。

(小林 登)

元旦に念う!

2012年1月1日 日曜日

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あけましておめでとうございます。
 平成24年1月1日、新しい年の幕が開きました。
  
 皆様におかれましては、今年一年、素晴らしいご計画をお立てのことと思います。
   
私は、人生の一区切りでもある還暦となります。
 “60歳”   
“還暦”
 大分、遠い先のことと思っていましたが、いつの間にか、その年齢になりました。

 中学生になった時、「中学生になれたんだ。ここまで生きられたんだ!」と、何となく思ったことがありました。
 それが、60歳まで生きることができました。
 最近、生きているのではなく、生かされているのかもしれないなと少し思えるようになりました。
 残された人生が、どのくらいあるのか私には解りませんが、生かされている間は精いっぱい生きたいと思っています。

 人生は学ぶための場だと言われます。
 “向こう岸(あの世)から、学ぶテーマを決めて、こちらの岸(この世)に渡り、学び終えた時に、この世を卒業し、向こう岸に旅立っていく”という話を聞いたことがあります。
 まだ、まだ、私は未熟者、学ばなくてはならないことが沢山あります。  
きっと、当分の間は、この学びの場を卒業をさせてくれないような気がします。

 孔子は「・・・40にして惑わず、50にして天命を知り、60にして耳順う・・・」という有名な言葉を残しています。
 私は60歳になろうとしているにも拘らず、まだ、迷ってばかりですし、天が与えてくれた使命が何かも良く解っていません。
 まして、“耳順う(何を聞いても動じないこと=何事にも動じないこと)”などということは、別の世界のことにように思っていました。

 今年は、この“耳順う”に敢えてチャレンジしてみようと思います。
 “耳順う”  
これは“すべてを受け容れる”ことだと思います。
 
 人生という学びの場では、本当にいろいろな出来事に遭遇します。
 仕事のこと、家族のこと、経済のこと等々です。
 まっすぐな道、上り坂、下り坂、時には、真坂(マサカ)という坂もあります。
 これらすべてを、そのまま受け容れていきたいと思います。

 時には、我がムクムクと顔を出してきたり、世間の目が気になったりして、素直に受け入れられないことが多くあると思います。
 その時は、その時です。
 “すべてを受け容れる”と心に念じ、対処したいと思います。
 そして、少しずつ度量を広げ、より多くのことが受け容れられるようになっていきたいと思います。

 “すべてを受け容れる”ことができれば、磨かれてピッカピッカになり、まさに輝ける人生になっていくと思います。
 
“すべてを受け容れる”  
元旦に念ったことです。

(小林 登)