いただきます。その、いただくもの

2012年4月2日 月曜日

7061207
 坂本さんは、食肉加工センターで働いています。
 牛を殺して、お肉にする仕事です。
   
殺される牛と目が会うたびに、仕事が嫌になってしまいます。
 「いつかやめよう。   
いつかやめよう。」
 と思いながら仕事をしていました。

 坂本さんが授業参観に行った時、子どものしのぶ君は父親の仕事を「肉屋です。普通の肉屋です。」と答えていました。
 坂本さんは、「そうかあ・・・」とつぶやきました。

 坂本さんが家で新聞を読んでいると、しのぶ君が帰ってきました。
   
「お父さんの仕事ばせんと、みんなが肉ば食べれんとやね」
 学校の先生から、言われたようでした。
 「お前のお父さんの仕事ばせんと、先生も、坂本も、校長先生も、会社の社長さんも肉か食べれんとぞ。  
すごか仕事ぞ」
   
「お父さんの仕事すごかとやね」  

 この言葉を聞いて、坂本さんはもう少し仕事を続けようかなと思いました。

 一台のトラックが食肉加工センターの門をくぐってきました。
 荷台には、明日、殺される予定の牛が積まれていました。
 女子席から10歳くらいの女の子が飛び降り、そのままトラックの荷台に上がりました。

 女の子は、牛に話しかけ、一生懸命に牛の腹をさすっていました。
 「みいちゃん、ごめんね。   
みいちゃん、ごめんね。
  みいちゃんが肉にならんとお正月が来んて、じいちゃんが言わすけん。
  みいちゃんば売らんとみんなが暮らせんけん。
  ごめんね、みいちゃん。   
ごめんね。」

 坂本さんは、見なきゃよかったと思いました。

 女の子のおじいちゃんが運転席からおりてきました。
 「みいちゃんは、この子と一緒に育ちました。
  ずっと、ずっと、うちに置いとくつもりでした。
  みいちゃんを売らんと、この子にお年玉も、クリスマスプレゼントも買ってやれんとです。
  明日は、どうぞ、よろしくお願いします。」

 翌日、坂本さんは、会社に着いても気が重くて仕方がありません。
    
坂本さんは、みいちゃんに話しかけました。
 「ごめんよ。みいちゃんが肉にならんと、みんなが困るけん。   
ごめんよ。」
 みいちゃんは、坂本さんに首をこすりつけてきました。 
 坂本さんは、女の子がしていたように腹をさすりながら、言い聞かせました。
 「みいちゃん、じっとしとけよ。  
動いたら急所をはずすけん、そしたら余計苦しかけん。  
じっとしとけよ。  
じっとしとけよ。」

 牛を殺し、解体する。  
その時がきました。
   
「じっとしとけよ、みいちゃん。   
じっとしとけよ。」
 みいちゃんは、ちっとも動きませんでした。
 その時、みいちゃんの大きな目から涙がこぼれ落ちてきました。
 坂本さんは、牛が泣くのを初めて見ました。
 ピストルのような道具を頭に当てると、みいちゃんは崩れるように倒れ、少しも動くことはありませんでした。

 後日、おじいちゃんが食肉加工センターにやってきて、しみじみと言いました。
 「ありがとうございました。   
昨日、あの肉ば少しもらって帰って、みんなで食べました。
  孫は泣いて食べませんでしたが   
『みいちゃんのおかげでみんなが暮らせるとぞ。
   食べてやれ。   
みいちゃんに、ありがとうと言うてたべてやらな。   
みいちゃんがかわいそうかろ?   
食べてやんなっせ』
って言うたら、孫は泣きながら、
『みいちゃん、いただきます。おいしかあ、おいしかあ』
て言うて、食べました。
  ありがとうございました。」
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
    (「いのちをいただく」 内田美智子・諸江和美著 発行・西日本新聞社)より   

  日本の1年間の食品廃棄量は2000万トン以上と言われています。
 これは、1日1800kcalで生活している発展途上国の3300万人の1年間の食料に相当する量です。  
  
私たちは、食べ物を食べて生きています。
  生きることは、食べることです。
  全ての食べ物は、命です。
  肉も魚も野菜も米も、すべてが種(しゅ)を残そうとしている生命体です。
  人が生きるということは、命をいただくこと、殺すことです。  
 私たちの命は、多くの命に支えられています。
    
食べ物は本当に大切です。
  食べ物を、粗末にしてはいけません。
  犠牲になってくれた命に対し、本当に申し訳なく思います。
  大切な命をいただいています。

(小林 登)

一流と言われる人

2012年3月27日 火曜日

3478926
 「夢を実現する今日の一言」というメルマガがあります。
 毎日、前向きな短い言葉(いわゆる一言)が送信されてきます  
3月23日は、「一流とは、誰よりもたくさんの、失敗を経験した人」という一言でした。
 
 アメリカの発明家チャールズ・ケタリングは「成功の99%は今までの失敗の上に築かれる。」といっています。
 日本には「失敗は成功の因」という言葉もあります。

 幼児は、何度も、何度も転んで、歩くことを覚えます。
 自転車が乗れるようになるまでには、何度も自転車から落ちています。
 小さい頃は、何度も、何度もチャレンジできます。  
 
ある程度の年齢(大人)になりますと、そのチャレンジ精神が失われ、安全を選択してしまいます。  
チャレンジしようという気持ちが、無くなってしまったかのようです。  
 
“安全な生き方”選択するのは、人生で学んだ生きる術なのでしょうか?  

 大人になればなるほど、その傾向は強くなるようです。

 人の生き方は、様々です。
 生きることは、選択の連続です。
 何度も、何度も、倒れては起き上ってくる人
 足元を選んで、倒れないようにと気を付けて生きている人
 どの生き方が良いということはありません。
 それは、その人、その人が選んだ道だからです。

 一流と言われる人は、創意工夫をしています。
 単純、単調なことであっても、考えて、工夫をしています。
 創意工夫と言うのは、失敗の中から学び、更に、新しい失敗をして生まれてくるものだと思います。

 「後悔」という言葉があります。
 後悔とは、後になって、以前の自分の行動等について悔むことです。

 先人の言葉の中には、この地上を旅立つときの一番大きな後悔は、「何もしなかったことに対して」というものがあります。

 大人になると、自分の生活を守るという安全な生き方になってしまいます。
 しかし、それでは大きな成長は望めないような気がします。

 チャレンジ精神を大いに発揮し、数多く失敗を繰り返し、そこから新たな学びを得て、より豊かな人生を送っていきたいと思っています。

 失敗は、恥ではありません。
 失敗は、貴い学びの機会だと思っています。
 
「一流とは、誰よりもたくさんの、失敗を経験した人」
 まさに、そのとおりだと思います。

(小林 登)

百文字の手紙 ~台湾から日本へ~

2012年3月19日 月曜日

3064151
 台湾の頼東明さんから、「台湾から日本への被災地へ送る手紙」という小冊子をいただきました。
 
 序文には、このように書いてあります。

「がんばれ日本」と心の底から大きな声でご支援したい。
 新聞、テレビでの報道を見ていましたら、三災にも屈せず、実にすばらしい思いやりと、礼儀、秩序が保たれており、誠に感動し、また感服しているのが台湾の人々です。
 台湾からは沢山の熱心、慈悲深い方々からの募金による義捐金を被災地の方々へお送りしました。
 この度は、小学生の声援の手紙は、私の出身地の台中市北屯区地域の小学校のこどもたちより、父親の声援の手紙は、台湾各地のお父様からご応募いただきました。
 被災地への声援のメッセージを百文字の手紙の形として、作文のコンクールを募集いたしました。
 募集しました被災地への声援のメッセージの中より選んで日本文に翻訳したものを小冊子にまとめ、ご寄贈いたします。
 短い手紙のメッセージの中には、厚い人情が溢れています。
 老少共に台湾人の熱意、誠意、真意を現わしています。
 この手紙が復興の力添えになればと願っております。
 日本の国境周辺には関係がこじれ、過去において日露戦争、日中戦争、日米戦争を不幸にも引き起こしていますが、未だかって日台関係は良好であり、固い絆を結んでいます。
 これらの声援の手紙の文集を通して、更に強い絆を祈念しております。
                                    (頼東明)
 
日本の被災者の皆さんへ
 いつも心の中に愛があれば、天国は我々の心の中にある。
 どのような神を信仰しようとも、キリストの博愛、仏陀の慈悲、どれも私たちに大切な価値観と生きるための智恵を与え下さいます。
 遥かな日本の被災者のことを祈っております。
 一日も早い、自然災害の束縛という痛みから解放され、日常の生活の復帰と復興、そして各国との温かな友好親善の活動が再びもどりますように。」  
                     (台中市松林小学校 6年7組 宋智勲)
 
被災地の友達へ
 最近、あなた方の国で発生したマグニチュード9.0の大地震。
 大津波と原子力の災害、大勢の方々が家族を失い、家を失い、拠り所を失い、心を落ち着けるところがない今、米雅(みや)が詠んだ詩をお送りしたいです。
 希望を持って、一日も早い復興をお祈りします。
 ふるさとが復興するようお祈り申し上げます。
 希望
 歯が抜けても、新しい歯が生えてくる。
 大地震による深い傷を縫い合わせるように、傷あとに花が咲きますように。」                       
(台中市松林小学校 4年2組 許魁珍)
 
日本のお父さんへ
 うちの3歳の娘は、涙を流しながらテレビを見ていた・・・
 私は娘に「心配しないで、日本のお父さんは、一生懸命頑張るから、いつか家を建て直すことができる。」と言いました。
 津波は、家を押し流して、心が痛むほど涙もいっぱい出てくるけれども、どうか力を合わせ、汗水をたらし、祝福がありますように。
 そして、勇敢な父親の姿を見せて下さい!」                                 
(林建宏 34歳)
 
暗闇の深夜に、あなたは、悲しみを乗り越えます。
 いろいろな出来事があって、厳しい時を乗り越えて、あなたは常に威厳を保ち、何ら変わりがありません。  
輝く光と未来への期待を持って、何事も乗り越えられると信じます。  
砂塵を掃くようにお祈りします。  
ジェットコースターに乗って、大声で叫んでください。  
声を上げて泣いて、そして、もう一度笑顔を。  
だって、あなたは尊敬に値する日本のお父さん。  
ご幸運を!                                 
(李介寿 47歳)

 まだまだ、沢山の寄稿文が掲載されていますが、誌面の都合で省略させていただきました。
   
台湾は2600万人の人口です。
 それにもかかわらず、東日本大震災における義援金の額はアメリカ、韓国よりもずっと多く、ダントツの1位でした。
 親日の国、台湾の日本に対する思いの深さが分かると思います。
(小林 登)